竹浪酒造店①杜氏編

つがるさこいへ-つがる市移住支援

株式会社 竹浪酒造店

1645年 青森県板柳町で創業
  燗酒専心を掲げ、「岩木正宗」「七郎兵衛」を製造、販売
2019年 蔵を板柳町からつがる市に移す
2020年3月 破産
2020年6月 現オーナーの出資により、新会社「株式会社 竹浪酒造店」として再スタート
2021年 「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録された、つがる市の亀ヶ岡石器時代遺跡、田小屋野貝塚とのコラボ商品、「岩木正宗 つがるJOMON」を販売

写真左から
・竹浪令晃(たけなみよしあき)さん 製造部 杜氏(とうじ、酒造りの最高責任者)
・沢田夏歩(さわだかほ)さん 製造部 アルバイトを経て社員に
・川口昭明(かわぐちあきら)さん 営業部 竹浪さんの幼馴染
※2022年9月現在

つがる衆インタビュー、記念となる第一回目は、竹浪酒造店のお三方に話を伺いました!
まずは竹浪令晃さんの現在までの経歴、そしてターニングポイントのお話です。

杜氏になるまで

Q.ご経歴を教えてください

代々家業としてやってきた。
だけど継ごうかなとはあまり思ってなかったよね。子どもだはんで(子どもだから)あんまり酒のことは分かってなかった。
ただ入れる大学が限られていたから、後継者推薦で東京農業大学の醸造科に入った。あの当時は俺でも入れた(笑)

Q.大学入学時はすでに「継いでもいい」という気持ちでしたか?

いや、むしろ継ぐ気はなく、どこかで就職しようと思って、実際に食品会社に就職した。でも色々あって二年足らずで辞めてしまった。

それで実家に帰ったけど、やることないし、すっかりニート状態。だから「じゃあちょっと手伝うか」くらいの気持ちで蔵の仕事を手伝った。
まともに営業行ってないみたいだったから「じゃあ俺営業行くか」って営業行って、そうすると色々な人と会うようになって。それで「鑑評会で金賞取らねばまねな(取らないといけないな)」ってなって。「どせばいいんだべな(どうすればいいんだろうな)」って思いながら過ごしてた。
その頃ちょうど、杜氏さんが歳で来られなくなっていて。新しい杜氏さんを入れるのも大変だったから、しょうがなく「じゃあ俺つくるか」っていう感じで、なんとなく流れに乗っかっちゃって、やり始めたのが最初だね。27、28歳くらいの時かな。

最初は何やっているかよく分からないよね。その頃、酒造組合の用事で年に二回東京に行くことがあって。そこで色々な人を紹介してもらって、たまに蔵行ったりとか、そのうちに仲良くなった人と話をして色々教えてもらったりとか。それで機会はどんどん増えていったかな。

破産、そして再建へ

Q.2020年に破産申し立てをしたと聞いています。その当時経営状況が悪化していたのですか?

経営状況は良いとは言えなかったけど、少しずつ上向いてきた時期ではあったんだよね。
ただ、うちの親が社長をやる前の時代の借金がすごく多くて。昭和40~50年代はそういう時代だったのよ。作れば売れる時代だったし、割とのんきにやっていたと思うんだよね。

2020年、当時の債権者から建物の明け渡しを要求され、つがる市稲垣に移転。
再度仕込みに向けて作業を進めたが、債権者から破産申立をされた。それを回避するために様々な対策を進めたが叶わず、申立が受理されてしまった。

Q.そこからどうなったんですか…?

そこから本一冊書けるくらい…にはならないけど(笑)
そのことがYahoo!のトップニュースに載ったらしいんだよ。それを見たうちの今のオーナーになった人が「これは何とかしなければ」と。
直接面識がない人だったから、「竹浪知っている人誰かいないか」とあたった内の一人が、若いころに酒造組合の仕事で行ったデパートのバイヤーさん。独立して酒屋をやっていて、そこから電話がかかってきた。「令晃!お前なにやってるんだ!どうなってるんだこれ!」って。
ニュースに載った翌々日に電話がかかってきて、その週の週末には今のオーナーと話をした。
そこから話が進んで、新会社を設立したのが6月。手続きをしながら、取り直した製造免許が下りるまで、作業が始められるようにするための準備をしたね。
準備してるうちに、川口(幼馴染で現社員)と何回か連絡とっていて「おめ、新会社さなるんだば、へば俺ば雇え(お前、新会社になるんだったら、俺を雇え)。」と脅されて(笑)
「あー、んだいな、へば頼むじゃ。おめの方が売るの上手だし(そうだな、じゃあ頼むよ。お前のほうが売るの上手だし)。」と川口を入れた。
(沢田)夏歩ちゃんは板柳からこっち移ってくるまではバイトで、こっち移っても「また頼むよ」って来てもらうことにした。

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12月に免許が下りた。米の手配は大学の同級生に協力してもらって、今はその系統で米を買っているんだよね。
ただ、始めの年は実際に米が入ったのが2月24日。その日からすぐ米洗い始めて、どんどこ作業進めたんだけれど、暖かくなってて、中々仕込み大変だったんだよね。でもとりあえず商品が出来た。

コロナ禍での製造再開

商品が出来て、じゃあ今度は売るほうだって言って2021年に売りたかったんだけど、コロナがどんどんどんどん広がっちゃって。
うちらの場合は業務用がメインっていうのかな。小売店に卸して、小売店が飲食店に持っていって、飲食店で飲んでもらうルートが一般的。
大手みたいにパック酒つくっている訳でもないし、でっかいスーパーでどんって売れるようなものではないので、中々売り上げも伸びず。
やっと2021年11月くらいに「少し良くなったかな」ってしてらっきゃ(と話をしていたら)、また大騒ぎになったりして。
ずっと、まあ未だにだよね。少し今年は良いけどね。

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仙台での物産展

Q.今まで苦労したことはなんですか?

苦労したことはね…未だに苦労してるよね。お酒はよく分からない。難しい。
夏歩ちゃんに聞かれればもっともらしく答えてるけど、本当にそれが正解なのかどうかはよく分からないところもあるし。

Q.分からないことが出てきたら、勉強会に参加したりするのですか?

勉強会に参加してみるのもそうだし、まずはそういうお酒を飲んでみるというのもある。人づてに聞いてみるっていうのもあるけど、今のおら(私)が、聞いてみてじゃあやってみようでやれることと、そんな簡単にできねえよっていうものとあって。場合によっては、もうちょっと夏歩ちゃんを鍛えてから派遣したいなっていうものもある。

「昔は日本酒って好きじゃなかった」

Q.印象に残っているエピソードはありますか?

いっぱいあるけど…。うちのお酒は青森県の中で唯一お燗をして飲んでほしいお酒としてやっている。なんでそっちに行ったかっていうと、昔は日本酒って好きじゃなかったんだよ。飲んで美味しいと思ったことがあんまりなかったんだよね。だけど仕事だしと思ってやっていた。
33~35歳くらいの時、東京の全国きき酒選手権大会に青森県代表の添乗員代わりで行ったとき、県代表でお燗酒が好きな人が一人いて、神田のとあるお店に飲みに行こうよって連れていってくれて。
「燗酒得意じゃねえんだよな、よぐ分がんねえし」と断ってたんだけど「ちょっとだまされだど思って飲んでみろ」って言われて、飲んだらすごく美味かった。
それがS酒造だったね。それでその後S酒造に行って色々教えてもらうようになって、お世話にもなった。それが一番俺の進路を変えたんじゃないかな。
S酒造には出張のたびに顔出して、センムに酒持って行った。S酒造のセンムはその酒を味見して「この麹室(こうじむろ)乾くべ。麹室直せ、隙間風入ってるはずだから、そうならないようにしろ」って。その年、麹室の壁全部ひっぺがして、中に断熱材詰め込みなおして隙間埋めて直した。
その次の年に酒持っていったら、「よし、じゃあ今度は酒母だな」っつって、酒母のつくり方ああしろこうしろっていうのをいくつか聞いて、それを実践して、そんな感じ。

Q.S酒造の件を聞いて思いましたが、蔵は仲間なんですね。もっとバチバチしているものかと思っていました

蔵同士でバチバチしても意味がなくて、うちはうちだし、あんたはあんた。
その中で、似たような雰囲気のお酒だったり、ただ単純に人として仲が良いけど、全く違うものつくっているっていうのもあって、そういう人と組んでお酒の会やることもあるし、毛色の違う者同士で並べると、違いがかえって際立って面白いとかさ。そういうこともよくあるので。逆に、その人が嫌いだとバチバチするかもしれないね。俺はそんなバチバチすることないですよ(笑)

Q.仕事で大事にしていることはありますか?

何だろうね…具体的に考えたことないけどな…うん。美味しい燗酒をつくれたら良いなってずっと思ってる。
そのためには例えば、うちの場合長期の熟成も必要だと思うし、ろ過もしないほうが良さそうだってなればろ過もしなくなったし。
何だろうな…うちのお酒にとって良いと思えることは何でもやってみて、合うようであればそれをどんどん取り入れてと考えている。

Q.今まで東京や色々なところに行かれたと思います。その上で津軽地域の良いところや個性は感じますか?

県外の良いところは、人口が多いところ。商売するには圧倒的に人口が正義だよね。
あと、東京と比べて青森県内だと正直まだまだ燗酒っていう認識が薄い。
こっちで良いなって思うことは、やっぱり住み慣れてるからね。景色も良いし、天気良いば(と)空気も良いし。ちょっとつがる市は風強いけど…(笑) 人も良い。

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つがる市 蔵の裏から見える夕景

Q.人が良いというのはどんなところから思いますか?

何だろうな…地域的に最初こちらからちょっと入りづらいところもあったりするし、逆に向こうからどっと入ってくると、ずたっとしっかり入ってきちゃう。
市内のAさんが、ひょんなことから知り合いになって、たまーに遊びに来るんだよね。それで話して、小売店さんにつないでもらったりとか、お世話になったりしている。

Q.今後の野望を教えてください!

少なくとも東北で燗酒といったらうちって言われるようにはなりたい。
全国では美味しいお酒いっぱいあるから。まあ、そういう蔵はみんな仲間だし、でもそうじゃない蔵もみんな仲間だしね。

関連リンク
竹浪酒造店HP
つがる市商工会(つがるJOMONシリーズ)

次回は共に働く川口昭明さんと沢田夏歩さんのお話です。

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竹浪酒造店 インタビュー

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